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2012年冬、人間ドックにて、「C型肝炎」が発覚。 2015年9月よりハーボニーにてウイルス検出せずになり、著効。 日々のダメぶり記録に終始してしまいそうなブログです。 いつの日か、「C肝ダメログ」の「ダメ」から「濁点」をとり、「タメ」(為になる)「タメログ」にバージョンアップできるかな? ヘタな4コマ漫画も描いているけど、現在頸椎ヘルニアに襲われて小休止(;^-^)
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2018年03月17日 (土) | 編集 |
相変わらずのヘタヘタ漫画も描いたので見てね~(最下部)^^


年齢を重ね(すぎ)たせいか、ここのところお悔やみごとが続いてしまって。
今年に入ってから身内では、すでに2度の涙。
住まっている町内でも、3、4件ほどの訃報が郵便受けに。

今は親しくお付き合いしている方以外は、心の中で手をあわせご冥福を祈るのみ。

ここの町内。
以前は亡くなられた方がでると、皆総出でセレモニー。
近くの会館に集まり、手作りの葬儀をするのです。

仕事があっても用事があっても、それは何をおいても。
ここに住まう者のしきたりとして。

越してきた当時。
お年寄りの多い町内。
年に何度かそういうことが。

呼び出しがかかると、幼子の手をひき会場に集まってはお手伝い。
車を運転できるとしってか、買い出しやら弔問客の送迎。
それに会食作りも、メインな仕事。

どれも私には超苦手なこと。
ましてや、お酒の席のお相手など胃が痛くなったっけ。

あれは今から20数年前だったかなぁ。
娘も小学校へ上がり、私はパート努めをしだして。
そんな頃に、また訃報で招集が。

パートを早引きし、娘には学校が終わり次第葬儀会場へ来るように言いつけ。
私は毎度のこと、買い出しや送迎・仕出し作りに勤しむわけでして。
夫は早めに仕事を切り上げ、下足番を仰せ付かるのですね。

「下足番」
この下足番が、のちのち語り継がれる
「下足番事件」となるのです。

そうです、弔問客の靴を棚に収納する係。
一通りの弔問客の靴を収納し終え。
そろそろ告別式・出棺がはじまるとのことで夫も靴を脱いで、その場へ向かおうと……。

で、靴を脱ぐ。
とその時、目にしたものは~!!!

なんと黒の靴下から親指が~!
「こんにちは」している~(*゚ー゚*)

そう、穴が空いていたのです。
黒のソックスに。

夫の親指(足の)。
もう、プクッとしていて大きくて。
まんまる ^^

その親指がニョキッと出ていたのですね~。
黒のソックスから。

あ~、恥ずかしい
で、当の夫はというと。
もう家に戻ることも、コンビニ(買いに)に走ることも出来なく。
出棺の時間が目前に迫り。
棺を持つ御役も頂いていて。

そこで閃いたとか。
夫、おずおずと受付に行って

「黒のマジックインキ、ありますか?」
と言って、それを借り受けて。

で、塗った。

靴下の穴から「こんにちは」していた
足の親指に。

不思議そうに見つめていた「受付」のお嬢さんや、お偉方の見守る中。

無事、靴下の色と同じに同化した親指を確認し。
そして喜々として、じゃなくって、神妙な面持ちでさり気なく告別式の場へと消えたとか。


このことを知ったのは、この出来事から一月ほども経った頃。
当の夫ではなく、受付係をしていたママ友さんの口から。
周りはなんだか、大笑いだったとか。

どなたの葬儀だったの思い出せないけれど、不謹慎なことをしてしまってごめんなさいね。
ずっとずっと、ご冥福をお祈りしていますよ。

それにしても「穴の空いていない黒のソックス」。
ちゃんとあったのですけどね~。
喪服の傍に。
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2018年03月16日 (金) | 編集 |
義兄(夫の姉の配偶者)が亡くなったと知らせを受けて……。
突然のことにしばらく絶句。

良性の髄膜腫とのことで、手術を受けたのは昨年7月のこと。
少し大きくなりつつあるようなので、体力のあるうちに手術をということだと耳にしていて。

術後の8月、見舞ったとき、なんだかうつろな表情でしきりに頭痛を訴えていて。
どうも意識や記憶がはっきりしない様子。
食欲もなく車椅子での移動。

担当の看護師さんによると、
「手術そのものは成功したのですが……」と。

後日、脳の血管が一部損傷し、そこから内出血していたとのこと。
その血管は、記憶や食欲を司る部分らしくて。

結局の所、回復はみられず。
全く食事も受け付けなくなって。
経皮経食道胃管挿入術(?)を受けた後日、様態が悪化。
帰らぬ人に。

ほんの数週間の入院・手術で元気に退院できると聴いていて。
当の義兄も当然そのつもりのはず。

もう、本当にほんとうに
「どうして?」
「なぜ?」の想いが渦巻いて。

健康にはかなり留意して、煙草もやめて。
我が家に泊まったときも、1時間のウォーキングは欠かさなかったっけ。
その後のお酒が美味しいと。

夫にとっては姉の配偶者。
義兄。
3人いる実の兄より慕っていた人。

四半世紀に渡り町政に携わって。
勇退してからも、とりわけ働く人やお年寄り、そして弱者の方々へ手を差し伸べていて。
そのパワー、行動力には頭の下がる思い。

葬儀での弔問客の多さに圧倒されつつも、暖かみのある式にまた涙。

帰りに寄った義兄の家。
愛猫の黒猫ちゃんがポツンと淋しげ。
「お義姉さんのこと、見守っていてね」と、そっと声をかけ。

それにしても、どうしても釈然としなくて…。
別の病院だったなら…。
もしかしたらあの神の手を持つ、福島孝徳先生だったなら…。

運命が変わっていたのかなぁなんて…。

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